【鎌倉エリア】 鎌倉駅~源氏山 ぶらり街歩き

JAPAN(日本)

 鎌倉の街の西側に源氏山がある。その周辺およびハイキングコースについてまとめてみた。

 北鎌倉駅~源氏山公園~長谷(はせ)の大仏坂のコースタイムは1時間強。

  •  北鎌倉 浄智寺 - 天柱峰 - 葛原岡/源氏山公園
  •  源氏山公園 - 銭洗弁財天(の近く) - 長谷大谷戸口分岐(佐助稲荷神社の近く) - 大仏坂/大仏切通
     ※ 銭洗弁財天、佐助稲荷神社は少しルートから外れている

 一気に歩いても良いが、半々がちょうど良いかも。

 天気の良い日に源氏山公園から大仏坂まで海でも眺めながらのんびり歩く予定だったが、
 展望はほぼなかった。

 もう半分の葛原岡(くずはらがおか)ハイキングコース(北鎌倉駅~源氏山公園)はだいぶ昔に2回くらい歩いたことがあって、覚えているのは、
 ・ 途中のベンチで休んだこと
 ・ 源頼朝公の像があったこと
 ・ お墓の脇の狭い山道を下って、トンネルくぐって、街に出たこと
 展望は記憶にない。

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扇ヶ谷

 源氏山周辺が扇ヶ谷。「おうぎがやつ」と読む。
 鎌倉では谷が「やつ」と読まれる。谷戸(やと)のこと。

 扇ヶ谷は古くは亀ヶ谷(かめがやつ)と呼ばれていた地域。
 ・ 亀ヶ谷坂切通から北鎌倉の山ノ内
 ・ 仮粧坂(けわいざか)切通から葛原岡/源氏山公園を経て西の梶原・深沢方面
とつながっている。

 室町~戦国時代、扇ヶ谷(扇谷)の上杉氏と山ノ内(山内)の上杉氏が争っているうちに伊豆・小田原の[後]北条氏が勢力を拡大していった。

 英勝寺
  鎌倉幕府が倒れた後も鎌倉は東国の中心であり続けたが、この地に居を構えていた太田道灌の死後、中心は小田原へ遷っていった。
  太田道灌の主君・上杉定正は扇谷上杉氏。北条早雲の時代。
  ちなみに前回の上瀬谷で触れた上杉朝興も扇谷上杉氏。少し後の時代で、拠点が(埼玉の)川越(河越)に移っている。

 寿福寺
  英勝寺の南。
  鎌倉入りした源頼朝は当初、父・義朝邸があったこの地に幕府を置こうとした。
  政子さまと源実朝の墓がある。

  境内には普段入れないが、裏山(源氏山)には入れる。
   ※ 『中門まで拝観可能』とある
  昔、源氏山から「……山道を下って、トンネルくぐって……」というのはこの道。
  (今日の)パンフレットなど見ても記されていない。もっと北の仮粧坂(化粧坂)から回り込むルートが観光客向けルートになっている。

 仮粧坂近くに海蔵寺。「花の寺」。

  •  鎌倉駅 - 今小路寿福寺 - 英勝寺) - 仮粧坂 - 源氏山公園
  •  寿福寺 - 源氏山/源氏山公園
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鎌倉駅~源氏山

 源氏山(標高93m)を含めた一帯が源氏山公園で、葛原岡もその一部。葛原岡の外れに葛原岡神社がある。

 鎌倉駅西口から源氏山公園までは上で述べた2コースの他、

  •  鎌倉駅 - 市役所通り 御成トンネル - 佐助 - 銭洗弁財天 - 源氏山公園
  •  今小路 - 甘味処「雲母」 - 佐助トンネル - 佐助

がある。

 鎌倉駅西口は江ノ電の終点。正面が市役所通り。
 駅前の時計台広場に「美味しい冷水」。

 西口駅前左手(南側)は御成(おなり)。
  鎌倉郡衙や鎌倉時代の問注所(いわゆる裁判所)があったところ。
  鎌倉御用邸もあった。

  鎌倉小川軒
  ・
  ・
  ・

 「頼朝以前」という催しに惹かれて鎌倉歴史文化交流館に立ち寄ってみた。昨秋(2021年秋

 駅から見える紀ノ国屋を右(北)へ今小路を進む。
 早速行列の店発見。「かかん」。我輩の大好物MBDFの店。
 まもなく銭洗弁財天方面への標識が見える。
 目指す交流館はもう1つ奥を左(西)へ折れる。
  追)銭洗弁財天方面の道でも行ける

 住宅街で案内は見当たらなかったが、KATACOTO GALLERYや古我邸という洋館が見えれば間違っていない。

 古我邸(旧荘邸)
  今はフレンチレストラン・ウェディング。

 住宅街の中、突き当たる手前で右へ折れれば交流館。

 鎌倉歴史文化交流館(www.city.kamakura.kanagawa.jp/rekibun/koryukan.html)は2017年OPEN。
 改修前は個人宅「Kamakura House」。フォスター+パートナーズ設計。
 どんな人が依頼したのだろう、と気になった。調べてみたら、センチュリー文化財団……。

 いざ豪邸へ。
 縁ないので玄関入るところから間違えた。

 常設展だけでも見応えがあった。
 建築好きの人なら建築だけでも。
 中には入れないが、和風建築も見られる。

 かつて鎌倉・二階堂にあった大寺院・永福寺(ようふくじ)をVR(バーチャル・リアリティ)で見られる。最後は空に上がっていって終わった。

 今年(2022年は「鎌倉殿の13人」に合わせて、年中「北条氏展」。vol.1-4。
 日曜・祝日は休館。展示替の休館もあるので事前に確認してから訪れたほうが良い。

 庭園から階段を上ると合鎚(あいづち)稲荷社
 社祠、鳥居、キツネは(源氏山公園の)葛原岡神社へ移設とのこと。現在は見晴台。雨天時は閉鎖。

 上の写真に見える3つの穴は『岩崎家の所有であった頃に造られたもの』で、その左にあるのが中世の穴「やぐら」、という説明。
  ※ 三菱(ミツビシ)の岩崎家。古我邸の荘氏も三菱の人だった

 今日の住所は扇ヶ谷(扇ガ谷)だが、説明では無量寺谷(むりょうじがやつ)という名の谷戸。かつて無量寺があった。

 交流館から外に出て、
 奥のトンネルくぐって右の道は、もう1つトンネルくぐって、行き止まりだった。
 やり直し。

 交流館から外に出て、
 奥のトンネルくぐって道なりに進むと長い行列が……。甘味処「茶房 雲母(きらら)」。白玉団子 SDG。
 最初からココ目指しても良い。
  追)よく見たらそういう案内になっていた。

  •  今小路 - 古我邸 - 鎌倉歴史文化交流館 - 甘味処「雲母」

 佐助トンネルをくぐって突き当たりに駐車場。
 近くに老舗の甘味処「くずきり みのわ」。この日はお休みだった。
 銭洗弁財天へ向かう道なので、結構人が歩いている。
 途中左へ折れると佐助稲荷神社。

 銭洗弁財天 宇賀福神社
  急坂の途中に入口。

ミツウロコは北条家の紋で、弁財天ゆかり

  トンネルくぐって境内へ。
  さらに洞があって、そこの清水(銭洗水)で銭を洗うと銭が増える……。
  超並んでいたので、その上の水神宮へお参りした。

  売店があって団子など食べれる。

  奥に道があって、ハイキングコースに出れるのかなと思ったら畑で行き止まり。
  佐助稲荷神社へ抜ける道があった。

  •  銭洗弁財天 - 佐助稲荷神社

 元の坂道に戻って源氏山公園へ。

[裏]大仏ハイキングコース

 源氏山公園~大仏坂が[裏]大仏ハイキングコース。
 およそ2km。

 銭洗弁財天から坂道、階段を上ると源氏山公園/葛原岡の「四ツ辻」。

 紅葉の見頃は11月下旬から。行った時は少し早かったが、所々紅葉。

 階段上がって「四ツ辻」から左へ舗装路を進むと梶原の住宅地。
 山道に入る手前で海が見えた。コース中好展望はここだけ。

逗子マリーナが見える

 山道は途中分岐がいくつかあるが、ズンズン進むだけ。

 主な分岐1
  林内に峯山・梶原口分岐。常盤山へ続いている。

 主な分岐2 長谷大谷戸口
  市役所通りに出られる。
  佐助稲荷神社の標識はなかった(もしくは見落とした)が、ここの分岐とつながっている。

  •  市役所通り 長谷大谷戸 - 長谷大谷戸口分岐
  •  佐助 - 佐助稲荷神社 - 長谷大谷戸口分岐

 主な分岐3
  長谷トンネル上の謎めいた分岐。前を歩いていた人がまっすぐ消えていった。
  ⇒ Cafe terrace 樹ガーデン(itsuki-garden.com/
    追)近年、都市計画法めぐって見解不一致。残念ながら2022年12月閉店

 大仏切通/大仏坂
  大仏トンネルが今回のハイキングコース終点(始点)。最後が急だった。

  しばらく歩くと鎌倉大仏。
  最寄の駅は江ノ電 長谷。

 ハイキングコースは、2019年の台風の後、半年近く通行止めになっていた。
 特に危険な箇所はなかったが、急な箇所があったり、ところどころ木の根が出ている山道なので、転んで怪我しないよう注意が必要。

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