グーテンベルク +

 エディタではなく、本元のグーテンベルク(=ヨハネス・グーテンベルク)は、活版印刷(活字を組んで作った版で印刷)を始めたことで知られるが、その生涯は裁判沙汰と借金漬けで大変不運だったとどこかで読んだ記憶が……。

 その本は『アシモフの科学者伝(アイザック・アシモフ)』だった。

 15世紀半ば、グーテンベルクが金属製活字による印刷を始めるまでは、木版による印刷か手書きの写本が複製の手段だった。

 このことは大きなブレークスルー(技術突破)であり、その後、グーテンベルクが製作した活版印刷機は改良されながら、ドイツ・マインツからヨーロッパ各地へ、世界へと広まっていった。

 ここまでは周知のとおりだが、東洋へ目を向けると11世紀に宋の畢昇(ヒッショウ)という人が粘土製活字による印刷を始めた、とされる。 

 『アシモフの科学者伝』では、(木版はともかく)金属製活字はグーテンベルクが最初に発明したという扱いだが、13世紀の高麗で銅製活字による印刷が行われていた、とされる。

 14世紀には元の王禎(オウテイ)という人が大量の木製活字による印刷を始めた、とされる。

 いずれもグーテンベルクよりも先んじているので、“西洋において”初めて活版印刷を始めたのがグーテンベルク、という理解になる。

 ヒッショウ、オウテイといっても長らく知らなかったが、個人が成し遂げた偉業という点において時代を加味して鑑みれば、グーテンベルクと大差ないようにも思えてくる。

 しかし、知名度は雲泥の差がある。

 それは活版印刷術が生まれた後の展開が東洋と西洋で各々違った結果といえるが、

  •  文字数が多い漢字と文字数が少ないアルファベット

 の違い以上に

  •  大衆向けではない印刷物と大衆向けの印刷物

 の違いによって、特に後者においては主義主張がちりばめられた印刷物が広まっていくことで

 『世論というものをはじめてつくり出した』。

 知的好奇心の類は東洋も負けてはいないと思うが、当時の西洋はルネッサンス - 宗教改革の時代で、いわば「情報ビッグバン」の火種がくすぶっていた。

 印刷始めたのは誰?
 グーテンブルクという人らしい
 グーテンブルクさまさま

 一方、『印刷術は悪用もされた。印刷物による巧妙な宣伝によって、戦争はますます恐ろしいものになり、……』

 SNSで拡がった(とされる)「アラブの春」(2011年から始まった動乱)もちょっと似ているかも。

 SNS始めたのは誰?

 SNSは今後どうなるか分からないが、印刷に関しては、
 後世に本が残る『効用のほうが、わざわいよりも、ずっと大きかった』という評価でほぼ一致している。

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