前回、衣張山登山の続き。

ルート図 →
パノラマ台
- 鎌倉逗子ハイランド - パノラマ台
ずっと山道が続くと思っていたら住宅街・鎌倉逗子ハイランド。幼稚園が現れた。
ハイランド内にSEIYUもある。
西武グループが開発。1970年分譲開始。
一帯は鎌倉市と逗子市の境界で、浄明寺緑地。鎌倉側の住所が浄明寺。
ハイランドの際(きわ)を歩く。
「関東の富士見百景」。
西の大町からの道もある。
少し迂回。
水道山展望台もあるが、パノラマ台のほうへ。
木の枝にリス発見。
タイワンリス(クリハラリス)は特定外来生物、捕獲対象。
パノラマ台は分岐路の先。
最後「急登」。
▼ パノラマ台登頂

標高110m。期待を上回る展望。

湾の向こう、半島のように見える稲村ヶ崎。その奥に江の島。その奥に箱根の駒ヶ岳~二子山。駒ヶ岳と富士山の間に見えるトンガリ山は金時山。
食事。
▼ 逗子・小坪方面。これから向かうところ

煙突は名越クリーンセンター。
※ 2025年(令和7年)稼働停止。煙突も解体される
近くに斎場(火葬場)もある。
▼ パノラマ台から東側

中央右が水道山展望台。
名越切通へ
- パノラマ台 - 大切岸 - まんだら堂やぐら群/名越切通 - 小坪
お猿畠の大切岸(おおきりぎし)は広場に説明板があるものの何のことかよく分からなかった。
が、下の道を歩くと人工的に削られた崖が続いているのが見える。
鎌倉幕府が築いた防衛遺構と言われてきたが、14-15世紀頃の石材生産地、という説明。
崖(大切岸)の下にある法性寺(ほっしょうじ)の山号が猿畠山(えんぱくざん)。
お猿畠という名は3匹の白猿が日蓮を助けたという伝承から。
安房から鎌倉入りした日蓮は浄土宗信者と対立。襲撃されて鎌倉を追われた。
法性寺、バス停「久木五丁目」方面分岐。
平坦な道が続く。

まもなく大町、長勝寺、安国論寺方面分岐。
長勝寺、安国論寺は日蓮ゆかり。
横須賀の猿島も日蓮ゆかり。猿は日枝神社の神の使い。
まんだら堂やぐら群
かつて曼荼羅(まんだら)堂があったとされる。
「やぐら」は鎌倉に多くみられる横穴・墓所(供養施設)。約150基。
▼ フェンスがあって入れなかったが、写真1枚

幽霊は写っていないです。
春と秋に公開。
逗子市HPによると2026年(令和8年)の公開期間は4月18日-5月31日、10月24日-12月14日。土・日・月・祝日の日中(午前10時から)。
まんだら堂やぐら群から先、名越(なごえ)切通。
第三、第二、第一と続いている。
切通の道と「やぐら」は鎌倉らしさ感じるところ。
ここは逗子。
名越切通は明治時代に(下の)トンネルが開通するまで幹線道路として使われ続けてきた、とのこと。古くは「難越(なごし)」。
▼ 第二切通

小坪階段口分岐の先の第一切通が関門のよう。

分岐から上に上がって見下ろすこともできる。
番人になった気分。
誰も通らない。
崖からパラパラ小石が落ちる音。
ホントに鎌倉武士の亡霊でも現れそうな雰囲気だったが、
兜、否、ヘルメットかぶった少年が自転車でスーッと通り過ぎていった。
えっ?
▼ 反対側から

▼ 反対側、もう少し奥から

切通は過去何度か崩れているとのこと。
奥は団地(亀が丘団地)に続いている。
今回のゴールは小坪怪談、じゃなかった、小坪階段口。

もう少し階段下ってゴール。
バス停(緑ヶ丘入口)は、階段下りた後、右に行けば良かったが、
左に曲がって、トンネル(新逗子トンネル)くぐって、遠回りしてしまった。
小坪トンネル群(6つある)の1つ。
小坪海岸まで行きたかったが、ここまで。
余談になるが、3日後に逗子・池子で斜面崩壊の事故が起きた。
雨降っていなくても崖は崩れる。
国土交通省 国土技術政策総合研究所 NILIMによると『乾湿・低温等による風化を主因とした崩落』。
植生も貧弱だった。
いつ何時崩れるか予測することはできないが、今にも崩れそうな所は多々ある。前兆が全くなかったかというと、それは違うように思う。



