油壺(あぶらつぼ)

 三崎・城ヶ島と並ぶ三浦の観光名所。南国感がある。

京急油壺マリンパーク(www.aburatsubo.co.jp/
 三崎口駅からバス 「京急油壺マリンパーク」下車
 イルカ、アシカ、ペンギン、……

 ホテル京急油壺 観潮荘
  小網代湾を眺めながら湯に浸かる。
  湯が擦り傷にしみて痛い。
  以前は海洋深層水も使われていたが、いつの間にか耳にしなくなって久しい。長井・ソレイユの丘にある風呂も同様。

 海洋深層水は、三浦沖5km、水深330m付近から採ってマリンパークのタンクに貯水されていたが、今は「かわうその森」になっている。

 油壺一帯は15~16世紀の三浦一族の拠点・新井城。入口は「内の」引橋。
 三浦義同(よしあつ)(道寸)ら三浦軍は、後北条軍との戦いで、内外の引橋を引いて戦ったが、3年間の籠城戦の末、1516年、落城した。
 相模国平定。

3ビーチ

 マリンパークから海岸へ下りる道があり、ぐるりと周遊できる。

 三浦道寸の墓がある林の中を下りていくと胴網海岸(海水浴場)に出る。

 道寸の子・三浦義意(よしおき)(荒次郎)の墓もある。
 背丈7尺5寸の巨人。7尺としても2m以上。
 自分の背丈より長い金砕棒を振り回す三浦軍の最終兵
 討つだけ討って最後は自害。胴は胴網海岸、首は小田原へ。

 胴網海岸から東へ磯伝いに歩いていくと横堀海岸(海水浴場)。
 通常、観潮荘の手前から下りる。

 胴網海岸から西へ磯伝いに歩いていくと急な階段が現れる。湾外、荒井浜方面へ。

 途中の岩場から

三戸浜 - 「急坂下」 - 小網代湾堤防
荒崎 - 黒崎の鼻 - 三戸浜
奥に大楠山

 海が眩しい。 

荒井浜

 観潮荘の手前の枝道を進むと荒井浜に出る。
 途中、新井城址の看板があるが、中には入れない。

 荒井浜には宿泊可能な海の家がある。
 かつては(2007年まで)この海岸から城ヶ島と結ぶ観光船が発着していた。
 もしかしたら復活する日が来るかも。

 荒井浜から磯伝いに進むと東大臨海実験所横の磯。
 初めて来た時は、野良猫の後を追って庭園に入って抜けたが、立入禁止だった。

 目の前の海は、本当に海なのかと見まがうほど静か。波も立たず鏡のような水面。
 『まるで油を流したような』 --- 油壺の名の由来。

 タナゴ、
 カレイ、
 ハオコゼ

背鰭に毒

 終わり。
 恨めしそうに見つめる野良猫。

 諸磯に沈む夕陽。

 こちらは諸磯湾。

油壺湾

 油壺湾は諸磯湾の北。

 臨海実験所の対岸で楽しそうに釣りしている人がいたので(釣れていなさそうだったが)、後日(と言っても昔)行ってみた。
 名向崎(なこうざき)というところ。

 入口が少々分かりにくく、山奥に来たかのようなトンネルが行こうか戻ろうか躊躇させる。
 終点は造船所になっていたが、作業している人に声をかけたら快く通してくれた。

 この日も同じ場所に釣り人がいた。
 「どこから来たの?」。
 「トンネルから」。

 油壺湾へ侵入。
 この日も静か。
 ただ、満ちてきて戻れなくなると困るので、程々のところで引き返した。

 湾の対岸は「験潮場の磯」。 
 外海が荒れている時に良いかもしれない。

 こちらの験潮場も観潮荘の手前のくびれ部から入る。
 このくびれ部に新井城の 「内の」引橋があったとされる。
 その手前には広々とした市営の駐車場がある。

 なお油壺の験潮場で観測される潮位は、日本水準原点(標高24.39m)に変動がないか点検するためにも使われる。  
  ※ 日本水準原点は東京・永田町の国会前庭庭園にある。
    関東大震災の後8.6cm、東日本大震災の後2.4cm、それぞれ沈下した。

交通

電車/バス

  •  … 《横浜横須賀道路》 ← 衣笠IC → 《三浦縦貫道路》 ← 林IC → 《R134》 ← 引橋 → 《14-26》 ← 油つぼ入口 → 《14-216》 ←  油壺
  •  … 《西湘バイパス》 ← 大磯東IC  → 《R134》 ← 茅ヶ崎海岸IC → 《R134》 ← 引橋 …
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