横浜元町から山手本通りを道なりに南へ進むと根岸台の根岸森林公園。
 いくつか入口があるが、
 ・ 馬の博物館があるところ(滝の上)
 ・ レストハウスがあるところ(旭台)
が主な入口。
 公共交通は根岸駅、桜木町駅などから横浜市営バス。
馬の博物館
 馬の博物館(馬博)がまもなく休館と知ったので、ひとまとめ。
  ※ 馬事文化財団HP(www.bajibunka.jrao.ne.jp/)
    『収蔵資料の修復等を行うため、2024年1月28日をもってしばらくの間休館』
    1月28日までフィナーレ展「うまはく所蔵優品選」
    追)馬事文化財団HP(bajibunka.media-trust.com/)

 2021年の秋、訪れた。その時の特別展は、
 『鞍上にて駆ける近代 御料馬・主馬(しゅめ)寮・天覧競馬』。宮内庁宮内公文書館との共催。
 明治・大正・昭和の皇室と馬文化との深いつながりを知ることができる資料・写真の数々。御料馬車も展示されていた。
 主馬寮は馬を扱う(当時)宮内省の部署。宮内庁の主馬班に継がれている。
 常設展だけでも見応えたくさん。
 ・ 馬の歴史
 ・ 馬文化(騎馬・馬具など)の歴史
 馬の視野は350°
 日本の在来馬は現存8種
 モウコノウマは蒙古の馬ではなく蒙古野馬
 などなど馬の知識豆豆。
 パンフを漁る。冊子「馬のいろいろ」GET。
 牧場地図、JRA(日本中央競馬会)年間スケジュール表もアリマした。
・ もちろん根岸森林公園の歴史も
 根岸森林公園は日本初の(常設の)洋式競馬場・根岸競馬場の跡地。
 1867年から1942年まで毎年春と秋にレース開催。
  ※ 完成は1866年
    日本初の洋式競馬は1860年、元町にて
    入館券には1861年、横浜州干弁天社裏の馬場で、とあったが、いずれにせよ横浜開港(1859年)後まもない頃、居留外国人が始めた
    1862年、横浜新田(現・中華街)で洋式競馬
 1937年、横浜競馬場に改称。
 戦後はアメリカ軍のゴルフ場など。
 返還後、今日の公園および博物館は1977年OPEN。
博物館やポニーセンターがある一帯が根岸競馬記念公苑。

 写真の中央下は「幻乃馬」トキノミノル像。
 左奥に見える塔が馬見(うまみ)所。
博物館入口の像は「五冠馬」神賛=シンザン。

 追)2024年12月で公苑休苑(ポニーセンターもフィナーレ)。
   公苑再開は2028年-2029年頃の見込みとのこと。
森林公園周回
レストハウス起点に芝生広場を歩いた。

▼ スイレン池

花期は終わって濁っていた。カルガモが数羽泳いでいた。
 半周ほど歩いてガゼボ広場、馬見所方面へ---。
  ※ ガゼボ Gazebo:見晴台、あずまや
 そのまま歩けば桜山、梅林、イチョウの森、レストハウスで一周。

馬見所
 馬見所=観覧席(スタンド)。
 所在地の住所は簑沢(みのさわ)。
 旧一等馬見所が現存。
 1930年建設なので、馬見所としては戦前の一時期使われただけ。
 今は廃墟。
 二等馬見所、下見所(パドック)もあったが、現存しない。1988年解体。
 一帯は撮影禁止区域になっているが、個人で撮影して見るのは可。
 ネットで調べたらブログなどの掲載も可とあったので、少し掲載。
 馬見所の背面がモーガン広場。往時の写真などがパネル展示されている。
 モーガンは馬見所の設計者。他にも山手の洋館など数々手がけている。

 観客いっぱいの明るい情景をイメージしようと試みたが、
 上空飛び交うカラスが邪魔します。
 明暗一転牢獄のイメージが……。
 地獄の鐘がゴーンと鳴って、開いた窓からコウモリが飛び出てきそうな雰囲気。
馬場側(正面側)がアメリカ軍施設(地図には米軍技術工作隊とある)で見られないので、余計にミステリアス。
▼ 側面から

反対側のドーナツ広場から少し距離を置いて見るほうがエキゾチックで良いかもしれません。
 将来改修して活用するという話もある。
 公園の西側がアメリカ軍根岸住宅地区(返還予定)。公園を分断している施設もその一部。
▼ モーガン広場からランドマークタワー方面




